SEIYA HARADA

クラブハリエ ショコラティエ
原田 誠也

- SEIYA HARADA

01988年

福岡県に生まれる
ものづくりに興味をもつ

“祖父が寿司職人だったこともあり、ものづくりには興味を持っていました。でも小さいころは父の影響で警察官になりたかったんです。

お菓子はあまり食べませんでしたね。”

222010年

2010 ジャパンケーキショー東京 ジュニア部門 銅賞
カフェからチョコレートの世界へ

“この時、僕はまだ守山玻璃絵館カフェのスタッフでした。
チョコ工房が忙しくなり、僕がチョコレート職人を希望していることを知った当時のチョコ工房のシェフに呼ばれ、手伝いに行くことに。”

232011年

クラブハリエバレンタイン出店開始

“クラブハリエが阪急うめだ本店にバレンタイン出店することになりチョコ工房のみんなと商品やオブジェを作りました。
バレンタインは忙しかったです。”

242012年

第53回西日本洋菓子コンテスト チョコレート工芸菓子部門 優勝

“シェフの勧めもありコンテストにも積極的に参加するようになりました。
この頃まだクラブハリエから入賞者が出ていなかったので、気合が入りました。”

252013年

ジャパン・ベルコラーデ・アワード2013 優勝
2013 ジャパンケーキショー東京 チョコレート工芸菓子部門 連合会会長賞

“グランシェフ山本の影響で海賊をモチーフに取り入れるように。
動物が好きで、映画「マダガスカル」にインスピレーションを得て動物も作るようになりました。”

262014年

クープ・デュ・モンド・デュ・ラ・パティスリー2015日本予選決勝大会
アシェット・デセール/チョコレート細工部門 入賞

“山本の勧めでクープにチャレンジしました。当時クラブハリエにはクープで優勝した人はいませんでした。
他のスタッフに作品を見てもらうことはありましたが、この頃は一人で練習していました。
結果は全然だめでしたね。”

282016年

クープ・デュ・モンド・デュ・ラ・パティスリー2017日本予選決勝大会
アシェット・デセール/チョコレート細工部門 5位

“大会の本番が3月だったため、バレンタイン時期と重なり忙しく、仕事が終わったあとに毎晩夜中まで練習していました。
疲れすぎてチョコレートの型を抱えたまま寝ていたこともあります。
結果は5位でしたが、前回よりは手応えを感じました。”

292017年

スーシェフに就任
2017年「ザ・スター・オブ・チョコレート日本予選」 優勝

“クープに出場したことがきっかけでご縁があり参加しました。
クープの世界大会に出場する山本の手伝いをしながら練習の日々。
山本がフランス本戦に出場している間に練習を仕上げ、本番に臨むという過酷なスケジュールでした。”

302018年

「チョコ工房シェフ」に就任
クープ・デュ・モンド・デュ・ラ・パティスリー2019日本予選決勝大会
アシェット・デセール/チョコレート細工部門 2位

“3回目の挑戦で優勝を狙っていました。
この年のテーマは “スポーツ”。
偶然見ていたニュースに相撲が映り「これだ!」とインスピレーションを受け力士をモチーフにすることに。
チョコレートに詳しいシェフや山本のアドバイスを受け、力強くかつ繊細な作品にすることができました。”

312019年

クープ・デュ・モンド・デュ・ラ・パティスリー2021日本予選決勝大会
アシェット・デセール / チョコレート細工B部門 優勝

“4回目の挑戦。
ずっと優勝を目指して練習してきました。
優勝の発表を聞いた時、「世界に挑戦できる」と感極まりました。自分では気づいていませんでしたが僕は涙ぐんでいたそうです。
次は本選で金メダルをねらいます。 ”

322020年

チョコ部発足
バレンタインのチョコレート開発

“インスタライブをする中で「高級なピスタチオをもっと手軽に食べてほしい」という想いからピスタチオサンドを作りました。何度も試作を繰り返して商品化することができました。
他にもバレンタインに向けて、19種類のボンボンショコラと、クラブハリエ70周年記念のタブレットを作りました。”